「6月22日 11:45pm」

「収録お疲れさん、オーディションも難なく抜け出して調子いいな。」
律子の自信溢れたオーディションでの歌いぶり、踊りぶりに、私は
目を細めたが、律子は何でもないような口調で呟く。
「それは、プロデューサーの戦略がいいからでしょう。おかげでこんなに
私みたいなマニアックなキャラクターでも、こんなに人気者にしてくれて
売り込みしてくれるんですから」
まんざらじゃない顔付きとは裏腹に、興味深そうに私の顔を見ている。
「プロデューサーのその手腕、見習いたいんですよ」
律子は嬉しそうに微笑む。
「さて、これで今日の現場は終わり。後は事務所に戻って報告とか
確認をすれば、すべて終わり。ほら、車に乗った乗った」
「ほんと、プロデューサーって、マネージャー業もやってくれるから
私としては、他の業務の勉強にもなって嬉しいわね。」
「まぁ、うちの事務所も所属タレントの数の割りに現場の裏方の人間の
数足りないからな。仕方ないよ。でも、こうやって制作現場の空気を
感じてないと、こっちも判らない事もあるしな。」
「ふむ、やはりプロデューサーとしての手腕の勉強だけじゃ、駄目ね。
今後の事考えると、マネージメントの面でも色々考える事もあるわね。」
律子と話す事柄といえば、いつも営業戦略や、業務管理の事ばかり。
それでも、嬉々として会話が弾む。もう少し、今時の女子高校生の様に
ファッションがどうの、ショッピングがどうのなんて、可愛げがあれば…
いや、それが無くてマニアックなキャラクター性だから、ここまでの
人気を引っ張り出したんだ。それ以上を求めまい…こんなに可愛いのに…
駐車場までの5分ほど一緒に歩く時間は、いつもこんな会話が続く。
常に戦略会議、営業会議みたいなものだ。
「じゃ、事務所に向かうよ。ちゃんとシートベルトしろよ。大事な
稼ぎ頭のアイドルが、もし事故に巻き込まれて怪我されちゃ困るから」
後部座席のドアを開けては、律子を車に乗せる。
「はいはい、そういうリスク管理も大事なのよね。」
「そういう事」
そんな返事を聞いた律子はちょっと寂しげに小さな声で呟いた。
「ほんとは、あなたの横の助手席がいいのに…」
リアハッチを開けて荷物を積んでいた私には、そんな呟きが聞こえる
筈もなかった。