「6月23日 5:45pm」

「あんまり、見ないでくださいよ…」
「い、いや、滅多にそんな格好を見ないものだからさ。ステージ
衣装は別としても、プライベートではね…」
「悪かったわね。どんな店に連れて行かれるか判らないけど、
気を利かせてちょっとはいい服を選んだつもりなんですよ。もう…」
「普段の律子を知ってるとな。舞台の裏表って言う意味じゃなくて、
素の律子を知っていると意味で、誰も知らないんじゃないかって…」
「そりゃ…私だって、こんな服ぐらいは…」
そして律子は恥ずかしそうに、小さな声でつぶやいた。
「あなたにだけ、見せたかったのよ」
「ま、ちゃきちゃきの律子がそんな風におしとやかにしてると、
見間違えるね。新しい魅力が見えてきてさ。でも、その路線での
戦略はまだ早いな。」
「まだ、アイドル路線で行くんですか?」
「高校卒業するまでは、その路線のつもりだ。今だけしか出せない
魅力は今のうちに放出しろ。そして、次のステップに踏み出す時に
脱皮すればいいさ。新しく誕生するつもりでな」
「確かに、20代まではいいとしても、30代、40代でもずっと、
アイドルでってのは無理ですよね…」
「無理以前に、お前、プロデュース業にシフトしたいんだろう。
その時に、今までの自分の経験はプロデュース業に生かせるだろう。
俺はお前がより手腕を生かせる環境を作ってやりたいんだよ。
それがいつになるのか、判らないけどな…」
「プロデューサー…」


しばしの沈黙。俺はカーコンポのスイッチを入れた。
流れてくるのは、TOTOの99。タイミングが良過ぎるな…
無意識に俺は、歌を口ずさんでいた。律子は隣で静かに聞いている。
「切ないけど、いい歌ですね。英語の歌詞の意味は判らないけど…」
「俺としては、こういう歌を律子に歌わせたいんだよ。
ただのアイドルで終らせたくないってのもある。シンガーとしても
律子の能力を高められればってね。」
「確かにアイドルだけで終ったんじゃ、その先の展望が限られるわね。
長くプロデュースし続けるだけの魅力の引き出し方も大事だわ。」


車は夕日に向かって、横浜へ向かって走り続ける。