「6月23日8:55pm」

場の雰囲気に慣れてきたのか、律子は静かに流れてる曲を聴きながら、
カウンターの後ろに並びそびえる酒瓶を眺めている。
「歌が数えきれないほどあって、そして誰もがそれを歌い、聞いて
楽しんだりするように、同じようにお酒もあるんですね。」
「まあな、歌と違って、飲み過ぎると身体に悪いんだけど。」
いつもの笑顔の律子になった。いや、普段と違う雰囲気の格好で、
微笑みかけられると、別人のようだ。
「さて、そろそろ帰るか…若い子を遅くまで連れまわすのも悪いし」
「私は嬉しかったですよ。こんな雰囲気を教えてもらえて、楽しませて
貰えて…」
「それじゃ、マスターお願いします。」
「ありがとうございます。お嬢さん、またゆっくりとどうぞ」
「カクテル、美味しかったです。また連れてきて貰うわ。」
(それって、またここに連れてこい…って事か)
さくっと会計を済ませ、重い扉を押して店を出た。
急な階段を上がる前に、律子の手を軽く握った。
「プロデューサー。ちょっと聞きたい事あるんだけど…」
「ん、なんだい?律子」
「私はまだなんともないけど、カクテルを2杯飲んでるのよね。
未成年が夜に飲酒だなんて、あまりにもスキャンダルとしては
危ないんじゃ…芸能記者に見つからなくても、プロデューサーが
検問とかで飲酒運転で捕まったりしたら…」
「心配性だな…大丈夫だよ。」
「大丈夫も何も…真面目に考えてるの?」
「ああ、真面目に応えてるじゃないか。現に、律子だって真面目に
問いかけてるだろう。頭がすっきりとしたままで。」
「それはそうでも…って、あれ?」
「まぁ、こういう所が初めてだったら、知らないだろうけどな」
「なっ、なによ」
「今日、オーダーしたカクテル、全部ノンアルコールだ」
「えっ」
「こういう店は18歳未満は確かに入っちゃいけないから、その点では
大丈夫だ。それもで20歳未満には酒を飲ませる訳にもいかないだろう。
だから、わざとノンアルコールのカクテルを頼んでたんだよ。」
「そっ、そうなんだ…」
「勉強になっただろう。酒が飲めなくても、こういう所は楽しめる
モノだって」
「そういう、大人の余裕は嫌いです」
そう言いながらも、律子はこっちを向いて微笑んでる。
「さて、足元暗いから、階段に気をつけてな。」
私はゆっくりと律子の手を引いた。


「心配してたんですよ。お酒飲んでたのを、スクープされないかって」
「そうならないように、こうやって私がエスコートしてるんだよ」
「意地悪ですね。いろんな面で背伸びしてても、届かない事を思い
知らしめさせられるの。結構辛いんですよ。」
「悪かった。すまん、謝る。律子」
律子は寂しそうにドアのガラスに頭をつけて、外を見ている。
車は街中を抜け、高速に上がって、東京へ向かっている。


(もう、こんな情況か…今しかない)
私は、上着のポケットに入れておいた小さな箱を片手で探り出した。


「律子、遅くなったけど、私からのプレゼント。気に入るかどうかも
サイズが合うかも、判らないけど、律子に似合うかなって選んだんだ」
律子は意外そうな顔で見つめた。
「サイズが…って?」
一瞬、何の事か判らないまま、律子は小さな箱を受取った。
「車内灯をつけるから、開けてみな」
助手席に向けた車内灯をつけてやると、律子はすぐにごそごそと箱を
開けはじめた。
「コレ…ピンキーリング…」
シルバーのピンキーリングを律子はすぐさま、左手の小指にはめた。
「サイズ…ぴったりだわ。」
「それはよかった。デザインとかも気に入ってもらえれば良いが」
「シンプルだけど、私の好きな曲線の感じが嬉しいわ。
プロデューサー、嬉しいです、ありがとうございます。」
「ま、気持ちだよ」
こんなに喜んでくれると、もう余計な事言えなくなるな。
酔った勢いで言わせてもらえないと…「律子、好きだよ」ってのは…
自分的には、タイミング悪かったか。
でも…律子が喜んでるなら、それで良いか。
車は高速を降りて、街中を駆け抜けている。