「6月23日 0:20am」

後ろの座席で、律子と小鳥さんが簿記の話をしている。
二人の会話は、真剣そのもの。茶々入れる訳にもいかないし、音楽を
かけるのも心苦しい。
私は、その真剣な雰囲気を邪魔するのは忍びないので、運転に集中した。


ギュー
後ろの二人のうち、どっちかの腹の虫が鳴いたのだろう。
私は前を向いて運転したまま、間髪いれずに彼女たちに喋りだした。
「そうだ、まだ、俺、晩飯も食べてないんだけど、何か食べたいものが
あるかい?」
こういう時は、すぐに何か食べたいものを聞く事が、腹の虫の話題を
そらせる。
「今日は律子の誕生日なんだから、お前の食べたいものでいいぞ」
この時間帯なら、流石に高級フランス料理店とかは無理だが、焼肉とかは
まだ大丈夫だ。ちょっと、色気無いけどな。
「そうね、この時間帯だとファミレスぐらいの選択になっちゃうけど」
「コンビニでサンドイッチでも買ってくるわよ。明日…って言うか、
今日は、プロデューサーも小鳥さんも仕事なんだし、私は仕事休みでも
学校があるじゃないですか。ゆっくり食事って訳にも行きませんよね」
「現実的だな。」
「じゃ、今度、プロデューサーさんが食事に連れて行くって事で約束を
すればいいじゃないですか。」
「小鳥さん、いいアイディア。それいただき。そういうことで、後日
お願いしますね。プロデューサー」
「なんて、絶妙なアイディアをプレゼントしましたね。小鳥さん…」
「うふふ…」


暫くして、コンビニを見つけた我々は、店内に入って買い物をした。
とりあえず、家に帰って食べるものを…と、弁当を選び、飲み物を
選び、あとは流行チェック用に雑誌とかも…と、律子と小鳥さんが
コンビニの情報端末の前で何か操作しながら話し込んでいる。
「誕生日なんだし、今日の分は俺が出すから、好きなもん買っていいよ」
「あら、コンビニで好きなもん…なんて、ずいぶんとケチなプレゼント
ですね…プロデューサー」
「おいおい、ちゃんとプレゼントは準備してるよ、安心しろ」
「でも、そんな事を言ってくれたんだから、甘えさせてもらおうかな。」
その時、律子と小鳥さんが何か企んでるような目になったのを感じた…


レジで払う際に、律子はサンドイッチと野菜ジュースだけだった。
「ん、他に買うものはないのか?」
「えっ…今はこれだけで十分よ」


車に乗り込んで、律子のマンションまで、律子は小鳥さんと、ずっと
簿記の試験対策の話を続けてる。時間の使い方は上手いもんだ。
「そういえば、小鳥さんはどこへ送ればいいんです?」
小鳥さんがどこに住んでるのかを知らなかった。まさか、反対方向?
「実は、律子さんと同じマンションなんですよ。会社が寮として
借り上げてくれているので」
「じゃ、一緒でよかったんだ」
送る方向は問題ないから、ほっとした。でも、何か疑問があるような…
まぁ、いいか。


車は何事も無く、マンションに到着。
ファンからのプレゼントを両手に抱えても、全部は持ちきれないので、
残り少しの軽い分を小鳥さんにもお願いした。
そして、律子の部屋に運び込む。
「律子さん、プロデューサーさん。お疲れ様です、おやすみなさい」
小鳥さんは、プレゼントを置いたらそそくさと玄関を出た。
「律子さん、頑張ってね」
「ありがとう、簿記試験一発で合格してみせますよ。」
「そっちもだけどね…うふふ」
軽く、律子にウィンクしたのを私は気が付かなかった。
そして、何故だか、律子の顔が赤くなっていたのは、今日一日の疲れと
勘違いしていた。
「プロデューサー、プレゼントまで運んでくれて、ありがとう。」
「かまわんよ。このくらいは」
「プロデューサー、あっあの…」
「ん、なんだい?」
「…いっ、いえ、なんでもないです。おやすみなさい…」
「ああ、おやすみ。ぐっすり休んで、勉強してこいよ」
何か、言いたげな律子の目が気になりつつも、私はマンションを出て、
車を出した…


「あっ、律子にコレ渡すの忘れてた…」
誕生日祝いのプレゼントにと、ポケットの中にピンキーリングを隠して
準備してたのに…
カーコンポにセットしてあったCDから流れる、Lovin' youが心に染みる。


「そういえば、あのマンションって、事務所が所属タレントの寮として
一括で複数部屋を借りてるんだよな。事務員の小鳥さんは何故…?
まっ、いいか」